手袋と軍手、ともに寒さや汚れから手を守るものですね。両者は似ていますが、決定的な違いは何でしょう?それは、手袋には右用と左用があるけど、軍手には区別が無いことです。分子にも右用と左用とが区別されるものがあり、それを「キラルな分子」と表現します。キラルな分子には、“軍手”には見られない様々な特徴があり、光に対する応答が最たるものです。「キラルな分子」は、時として「光学活性体」と表現するくらいですから。
ところで、分子の中には蛍光と呼ばれる光を発する物質もあります。蛍光とは、あの蛍光ペンの蛍光です。「キラルな分子」が発する蛍光は異なることが知られています。“回転している”という表現を使い、右回りに回転した光(右円偏光)と左回りに回転した光(右円偏光)が検出されます。円偏光に関する研究は始まったばかりで詳しいことは明らかではありませんが、ある種の生物は、これらを区別して生命活動を行っていると言われています。又、この光を使うことによって、新しいディスプレイ作れるとも言われています。私達は、この円偏光を効率よく発する物質(例えば図の左側の分子)を開発し、今後の応用に繋げたいと考えています。
「ポルフィリン」は窒素を含む五員環化合物(ピロ-ル)4個が炭素原子を介して交互に共役した化合物であり、植物に含まれるクロロフィルや人体の血液に含まれるヘムなどに代表される重要な生命の色素として知られています(図2)。固有の大環状構造を利用することで、環骨格内部に多様な金属イオンを取り込むことができ、得られる生成物(一般に金属錯体と呼ぶ)は、生体の重要な化学反応を模倣する触媒や、太陽光を効率よく捕集する機能をもつ太陽電池等への応用などが期待されています。
当研究室では、図中のポルフィリン基本骨格に対して、環を構成する一部のピロール環が反転(変異)部位をもつ誘導体について研究しています。有機合成手法を用いて作られる “異種”ポルフィリン分子は、様々な金属イオンと錯体を形成することによって、天然ポルフィリン色素を凌駕する光機能を示す分子群として働くことを見出しています。具体的な例として、バイオイメージング応用において、細胞内の光透過性の高い近赤外光を吸収して発光および発熱応答する色素や、水を分解するための光触媒用の増感色素、有機太陽電池の光増感剤などの応用へとつながる重要な分子群の開発を目指しています。
大気中に微粒子が浮遊している系をエアロゾルと呼びます。エアロゾル粒子の大きさは数nmから100 μm程度まで広範囲に及び、その化学組成は発生源や生成過程によって大きく変わります。エアロゾルは都市大気における主要な大気汚染物質であると同時に、太陽光を遮ることで気候変動にも大きな影響を及ぼします (図1)。エアロゾルの物理・化学特性の解明は、エアロゾルの大気環境影響を評価する上で鍵となります。
オンライン熱脱離型エアロゾル質量分析計 (TDAMS) は大気エアロゾル生成過程の研究における重要な手法であり、世界で幅広く使われています。TDAMSではエアロダイナミックレンズにより真空中に粒子を直接導入し、粒子成分を熱脱離・ガス化した後にイオン化することで分析を行う装置です。私たちの研究室では、これまで難揮発性成分の分析が可能な熱脱離型エアロゾル質量分析計の開発・評価を行ってきました。グラファイトを用いた新しい粒子捕集構造体を考案し、CO2レーザーと組み合わせることで高温 (~1200 K) の熱脱離を可能にしました。これにより、従来困難であった難揮発性の硫酸塩エアロゾル (K2SO4, Na2SO4, MgSO4) の検出が可能となりました (Kobayashi, Ide, and Takegawa, Aerosol Sci. Technol., 2021; Kobayashi and Takegawa, Atmos. Meas. Tech., 2022; 図2)。
民間航空機のジェットエンジンからは、燃料の不完全燃焼による不揮発性粒子 (すす) と、燃料や潤滑油由来の揮発性粒子が排出されます。私たちは、国立環境研究所と共同で成田国際空港の滑走路近傍において大気観測を行いました。航空機排気粒子は自動車排気粒子などに比べて粒径が非常に小さいことが特徴ですが、私たちの観測により、粒径10 nm以下の粒子数割合が従来考えられていたより多く、かつ粒径10-30 nmのナノ粒子の主成分がジェットエンジン潤滑油であることが分かりました (Fushimi et al., Atmos. Chem. Phys., 2019; Takegawa et al., Atmos. Chem. Phys., 2021)。
無機化学研究室では、クラスターを中心とした機能性材料の開発研究、二酸化炭素の回収・触媒的変換に関する研究、及び宇宙・地球物質といった無機物質の元素分析に関する研究を行っています。最近の研究テーマを以下に示します。
数個から数十個の金属酸化物ユニットで構成された金属酸化物クラスターは構成されるバルクの金属酸化物からは予想できない強い酸・塩基性を示すことが報告されています。最近、5族(Nb、 Ta)金属酸化物クラスターがバルクの酸化物と異なる塩基触媒作用を示すことを見出しました。当研究室では、金属酸化物クラスターの塩基性質を原子レベルで解明し、バルクの金属酸化物では達成できない新しい塩基触媒反応の開発を目指しています。他にも未利用エネルギーである振動エネルギーを利用した新奇振動触媒反応系の開発、特異な幾何構造や電子構造をもつ複合金属酸化物を用いた低エネルギー物質変換技術の開発も行っています。
2050年にカーボンニュートラルを実現するために、二酸化炭素の回収およびその有効利用技術の開発が急務となっています。当研究室ではこれら課題を解決するために、液-固相分離技術や表面官能基を制御した固体吸着材を用いた新しいDirect Air Capture技術の開発および、塩基性金属酸化物クラスターの特異な二酸化炭素活性化能を利用した新規二酸化炭素変換技術の開発を目指しています。
触媒等の機能性材料の構造や電子状態の動的挙動の解明は、反応機構を知るために重要です。放射光施設を利用したX線吸収分光法は、目的の金属の電子状態やその周囲の局所構造をミリ秒~数秒の時間で測定することができるため、目的の元素の状態変化をその場観察することが可能です。この特徴を活かし、 X線吸収分光法とその他の計測技術を組み合わせたオペランド計測により、合成機構や触媒作用を解明し、次世代の機能性材料を開発するための設計指針を得ることを目指します。
中性子や光量子による原子核反応を利用した放射化分析法は,試料を溶液にすることなく固体のまま、その中に微量に含まれている元素を定量することができます。環境試料や宇宙地球化学的試料をこの方法で分析し、元素組成からいろいろな情報を読み解きます。また、これらの試料に含まれる天然ならびに人工放射性核種をγ線スペクトロメトリーや加速器質量分析法を用いて定量し、天然における核現象や放射性核種の環境動態に関する研究を行っています。これらの研究に必要な元素分析や同位体分析の手法も開発します。これらを通じて、物質の過去を読み解き、未来を予測します。
同位体化学研究室では、放射性同位元素(RI)を利用して、機能性ナノ材料の開発および構造解析を行っています。具体的には、環境浄化作用を有する酸化鉄ナノ粒子光触媒、二次電池の電極としての応用を目指した導電性バナジン酸塩ガラス、ドラッグデリバーとして応用される金属内包フラーレンを開発のターゲットとしています。これらの材料の性質を向上させるため、放射線の一種であるγ線を利用した、メスバウアー分光法や、RIの種類やその放射能を測定できるγ線分光法によって研究を実施しているところが私たち同位体化学研究室の特色です。以下に研究例を二つ示します。